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各論 4.環境保全

私たち人間の生活は、長い歴史の中で物質的な領域では大きな進化と豊かさを獲得しました。しかし一方では、それは必ずしも自然の摂理と融合したものでなかったため、地球温暖化など様々な問題をもたらしました。人間は、自然と共生してこそ、健康な体と心を保てるのです。
私が、政治の世界に入った1993年、最初に身を置いたのは武村正義さんの「新党さきがけ」であり、同党の環境主義こそ、21世紀に求められるものだと思いました。
国会では、環境委員会に最も長く所属して質問に立ち、民主党政権では環境副大臣も務めました。


2011年5月1日、水俣病公式確認から
55年を迎えた犠牲者慰霊式(水俣市)で
松本龍環境大臣のメッセージを代読する
近藤環境副大臣。

2009年までの自民・公明政権においては、政府・与党は「環境重視」を言葉では掲げながらも、川辺川ダム、諫早湾干拓、吉野川可動堰、木曽川水系連絡導水路などの自然破壊型のムダな公共事業をやめられないでいました。また、いくつかの環境に関わる規制をつくりましたが、罰則をともなった強制力が弱かったため、効果が上がっていませんし、さらに、再生可能エネルギー(自然エネルギー)の開発と言っても、ヨーロッパ諸国や中国と比べても、全体におけるその割合の目標値は低いものでした。そうした中で掲げた温室効果ガスの削減目標値は、決して積極的なものではありませんでした。しかし、2009年9月、鳩山由紀夫総理大臣は、国連での演説で「温室温暖化ガス25%削減」を宣言しました。

「私たちが自然を守っているのではなくて、自然によって私たちが守られている」というアメリカ先住民の言葉を私たちはもう一度思いおこさなくてはなりません。私は、ポスト工業化社会を見つめた、一人一人が真の豊かさを感じることの出来る社会をつくらなくてはならないと思います。多くの皆さんが、子ども時代のころを思い出すと、近くで、あるいは田舎に帰って泳いだあのキレイな小川のよさを思い出すはずです。こうした「心のふるさと」となる原風景を子どもたちに残していくことは、最重要課題です。
民主党政権は「コンクリートから人へ」を重要なテーマとしていました。ムダな公共事業の象徴として建設中止を決めた八ツ場ダムについて、その後、建設工事を再開するなど、マニフェスト違反の象徴のように言われたスローガンでしたが、公共事業全体を見た場合、その予算は自民党・麻生内閣の時に比べても3割以上削減(7兆円→4.8兆円)しました。また、国交省による直轄ダム事業に絞った場合、2009年度(麻生内閣)の2300億円に対し、2012年度は1050億円にまで減額するという成果もありました。
2012年末、政権に復帰した自民・公明政権は「国土強靱化」を掲げ、10年間に200兆円ともいわれる公共事業を行おうとしています。防災・減災など、真に必要な事業なのかどうか監視が必要です。超党派議員連盟「公共事業チェック議員の会」の副会長としても引き続き、公共事業をチェックしていきます。
私近藤昭一は、2010年9月に環境副大臣に就任し、民主党政権は、同年10月に愛知県・名古屋市で開催されたCOP10(第10回生物多様性条約締約国会議)で大きな成果をあげました。また、日進市東部丘陵において懸案となっていた「保安林解除」にストップをかけました。さらに、「鉱業法」改正において、環境省のかかわりをより大きくすることを実現しました。東日本大震災後、日本のあり方は「環境重視」に、より変わっていかなければなりません。


2010年10月19日、COP10国際シンポジウム
「生物多様性里山知事サミット」で挨拶。
COP10期間中の10月19日から29日までは名古屋に滞在し、
関連会議での「政府代表」発言、二国間会談、
記者会見等を環境大臣に代わって毎日こなした。

環境を守ることは、決して経済発展をおろそかにすることではありません。現にドイツを中心とするヨーロッパでは、再生可能エネルギーの爆発的普及によって雇用が生まれています。高い環境保全の目標を掲げることによって、産業を育成し経済のけん引役となる技術革新は日本の得意とするところのはずですし、古来から農耕を重要な糧として来た日本のやり方は、弱肉強食主義の経済から、協調・調整型経済へと導くひとつの方向を示すものと確信します。日本は自らに厳しい目標を課しつつ、国際社会に積極的に働きかけて、環境分野で世界に貢献しなければなりません。私は、そのすべて政策の中心に「環境」があるべきと考えます。あらゆることを行うにあたって環境面でのチェックが必要と考えています。子どもたちに、きちんとすばらしい自然をのこしていかなくてはなりません。
これからもしっかりと頑張ってまいります。

(2015年10月記)